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アリラン祭

アリラン祭

By on 2012,8月 15, in | 0 comments

ホテルに到着してからすぐに、歓迎パーティーの夕食のため、市内のレストランに向った。

鍋料理をメインに、キムチやナムルなど定番の朝鮮料理がでてきた。店内は他のツアー客で賑わっており、ヨーロッパ人の団体が多かったが、私と同じような単身日本人もいた。
ガイドいわく、日本人は単身で来る方が一番多く、この時期(アリラン祭開催中の8~9月)は1日1人のペースで来るらしい。年齢層は20~30代の男性が一番多いと言っていた。ただし一番多い外国人旅行客はヨーロッパ人だそうである。

食後、アリラン祭鑑賞のため、会場となる『メーデースタジアム』へ。

North Korea 0090

メーデースタジアム

15万人を動員できる超大型のドーム型施設である。会場は観客でごった返していた。兵隊も大勢見に来ている。ここに限らず平壌市内でも兵隊は非常に良く見かける。大体4人に1人くらいはいるのではないかと思うほどで、先軍政治を掲げていることを実感した。

アリラン祭のチケットは、特別席・1~3等席まであり、それぞれの料金は300・150・100・80ユーロである。せっかくの貴重な訪朝機会である。当初、私は特別席を予定していた。しかしガイドによると、席の違いは中心からどれだけ離れているか、くらいの差しかなく、2等席でも十分だと安い席を薦められたのには驚いた。結局私は、1等と書かれたチケットがほしいという安直な理由で、1等席を選んだ。(ちなみに特別席と1等席にはミネラルウォーターが付いてくる)

Rさんがチケットを確保している間に、Kさんと歓談する。Kさんは今回は補助的な立場のガイドだが、Rさんの先輩社員にあたり、Rさんのことを「Rクン」「弟よ」などと呼ぶ。先輩であり日本語歴も長いため、日本語はRさんよりも上手で、感嘆詞の使い方や発音は、日本人のそれとそっくりであった。Rさんが今回のメインガイドであるため、チケット購入や入場の手続きなどは彼の役目なのだが、そのときにはKさんが僕の相手(監視)をするようになっており、抜け目がない。

アリランは20:30開始だったが、会場は20時からオープンしていた。開始までの30分間はリハーサルを行っていたり、出場している団体の宣伝などを行っており、本番前にもかかわらずその迫力に圧倒される。出場しているのは様々な小・中学校であったり、会社であったりするそうである。観客の30%ほどは軍人であり、一般客と同じように観賞している。軍人が多く座っているエリアがカメラに入りそうになると、撮影しないようにとガイドがすぐに注意してくる。

アリランの様子は百聞は一見にしかず。その一部を見ていただこう。

 

この時ののアリランはまだ始まったばかりであったため、一部始終をビデオ撮影することは禁じられていたが、1回10分以内であれば撮影しても良いといわれた。そのため1プログラムごとにカメラを下に向け10分以上撮影していないことをそれとなくアピールする。

上の動画は撮影したうちほんの一部である。他にも幼稚園児のような小さな子供がメインのプログラム、テコンドーの演舞が中心のプログラム、サーカスのようなアクロバティックな内容のプログラムなど多彩な内容であった。朝鮮戦争や抗日戦線をテーマにしたものもあり、そのときはさすがに気まずくなったのを思い出す。

そんな状況の中、アリランそのものもメインとなる団体ダンス、後ろでパネルを持った人の演出、照明、と注目ポイントが盛りだくさんなので、カメラをどこに向けてよいのか常に迷いながらの撮影であった。

最後は観客全員がスタンディングオベーションで終了した。

ホテルに戻るとKさんRさんとともにミーティングが始まった。明日からのスケジュールは事前に決めてあるが、他にも行きたいところはないか、とリクエストを聞いてきたのである。しかも追加料金は基本的に発生しないときた。

私は、街の本屋と、つい1週間前にオープンしたばかりの凱旋青年公園遊園地、サーカス(追加料金有)をリクエストした。それにしても客に要望を聞くなどという極めて資本主義的な態度には、やはり驚きを隠せない。アリランのチケットの件といい、客をもてなすという精神は確かに感じられた。

感激しつつホテルの部屋に戻る途中、Rさんが言った。

「ホテルから出るときは我々ガイドも同行しないといけないことになっていますので、単独行動はくれぐれもしないように。郷に入れば郷に従えと言いますでしょう?」

やはりここは北朝鮮なのであった。

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